スローガンに冒される私たち

若い男女が喫茶店で向かい合っているが、どうも口論になっているようである。互いに言う事の節になる言葉を、メモ代わりに携帯電話に打ち始めた。端目からはコーヒーを飲みながら話に詰まったカップルが、二人して携帯でメールでも打っているように見える。


しばらくすると彼女とおぼしき女性の方が「私、今から介護をしにいかないといけない」と言って席を立った。喫茶店を出て踏み切りを渡り、線路沿いにある、5、6階建ての病院に入ろうとしたが、彼とおぼしき男性は女性の後から気付かれないように尾けていて、病院に入ろうとした女性に声をかけ、肩を叩いた。


またしばらく言い争いが続いたが、じゃれあっている内に子供の様に、二人とも無邪気に笑い合うようになった。


ふと気付くと、病院の駐車場にはテレビのスイッチのような、押しボタンがプカプカと浮かんでいた。彼らはためらう事もなくスイッチを押した。


僕たちは、とてもしあわせなまいにちを送っている。


お酒は一日一回だけにしました。6時間は寝るようにしました。規則正しい生活をしないと体が危ないと、テレビか何かでやっていました。だから規則正しい生活を心がけています。無理はしないけれど、頑張れる時には頑張るようにしよう。家庭ゴミは指定日に、指定の場所へ。


そんなナレーションが、延々と続いた。映像では、医者からもう手の施しようがないと余命を宣告されるシーンが、建物の外のカメラから撮られたものが流れていた。医者は両の手のひらを天にあげ、首を横に振ってみせた。患者はどうして自分がそんな事にならなければいけないのかと、なかば憤って医者にくってかかっていた。


場面が変わった。固定された、監視カメラのような映像が流れた。力士がそこへ3、4人やってきて、一人がよってたかって突っ張りをくらっていた。顔が腫れ、失禁していた。それでも意識は保とうとしていた。  彼と彼女は、この殴られている人はきっと死ぬのだろうと、何か悲しい気持ちになった。



目が覚めた。枕元には教科書と、飲みかけのペットボトルが転がっている。外からは工事の作業員の掛け声と、ブルドーザーの音が聞こえる。飛行機が鳴らす飛行音も聞こえる。
はっきりしない頭でだが、彼は何か良くない事が起こる気がしたので、彼の好きな事を始めようとした。外は風が強いようである。