出会い。

彼女は自分のお気に入りの洋服をバッグに詰めると、既に亡きものとなった主人に別れを告げ、家を飛び出した。


授かった命を体に宿したまま、彼女は考えた。
「これからどうしよう。」
今生きる為に自分がするべき事は、つがいとなれる存在を見つける事だと彼女は思った。


場末のバーで彼女がその男を目にした時は、これこそ運命の出会いだと思ったものだ。


男の名前はアンソニー


アンソニーはしがない中産階級の労働者であったが、ロマンチストで、時折意味ありげな視線をこちらに向けた。彼の目には生気が感じられた。


「それで、その、男の人と別れて家を出てきたって言うんだね」
「ええ」
彼女はアルコールで少し火照った顔をさすりながら、ふう、とため息をつき、言葉を続けた。
「でも確かに勢いで飛び出してきたけれど、私思うの。これもきっと私に課せられた運命なんだって。父親なんかいなくたって、きっとこの子は私が元気な子に育ててみせるわ」
「・・・僕じゃ、ダメかい?」
「えっ・・・」
しめた、と彼女は思った。
アンソニーは純粋な目を自分に向け、生真面目な顔をさらにキリッとさせて言った。
「君の子供が見てみたいんだ。誰の子かなんて僕は気にしないよ。これはきっと僕に課せられた運命なんだって・・・」
アンソニーの唇の前に深紅のマニキュアが綺麗に塗られた人差し指が立てられた。
「ありがとう。それ以上は言わなくて良いわ」


そして二人はしばしの間ともに過ごした。身重の彼女を優しくいたわるアンソニーの姿は、周囲の人間の感動を呼んだ。


それから3年後、彼女はキャスリンと名付けた彼女の娘とともに、突然アンソニーの前から姿を消した。失意のアンソニーは勤め先のビルから飛び降り自殺。会社のイメージダウンに大きく貢献した。




のちに「鋼鉄の親子」と噂される2人、その名は、


ジョアンナ・フィルブレイク、キャスリン・フィルブレイク。


キャスリンはまだ、自分の父が今どうしているかさえも知らない。